牛乳と水
幸せの形は人それぞれな上に、ずっと同じ形の幸せを信じ続けられるとは限らず、信じたものの上手く行かなかったりして悔やんだり羨んだりする。「まあ、これが自分の人生だしな」と思える日もあれば、思えない日もある。ずっと生きるのは、ずっと考えてしまうことでもあるから難儀だ。
(心配されそうだけど僕が今なにか特別に悩んで落ち込んでいるというわけではありません。生きるってそういう感じあるよねと言いたいだけ。)
昨日、メガネを新調した帰りにベローチェに入った。僕の後に入ってきた60代くらいの男性がハムタマゴサンドイッチと牛乳を注文して、偶然僕の隣に座った。
男性はサンドイッチの封を開けて、牛乳とともに食べ始める。食べ終えて牛乳のコップも空になると、別に持ってきていた紙コップの中のお冷を、さっきまで牛乳が入っていたガラスのコップに全部流しこむ。当然、ガラスコップの中は牛乳で少し濁った水になる。
空いた紙コップの中に、サンドイッチの包装とレシートを小さくして突っ込み、コップの中の水を飲み下す。コップを洗うためだったのかもしれない。
伝わりにくいだろうけど、僕はこの男性の一連の動作を横目で見ながら「渋………かっこよすぎる……」と感動していた。喫茶店でサンドイッチと牛乳。恐らくルーティンで決まっている食事の流れ。彼にとって喫茶店は家であり、仕事の合間の栄養補給の場だ。必要なのは午後のためのエネルギー。何年も磨かれてきた、働くことと生活の距離感。あー、かっこいい。うまく言えないけど。
僕は上の世代の人たちの生き方の断片を見て、今の自分が描き得ない幸せの形があることを知る。世界に存在する幸せの形が多ければ多いほど、失敗しても他の道を信じ直して生きていけばいいのだなと思える。