蓄える
ミュージシャンが政治的な発言(と言っても特定の政党を応援するとかではなくて、生活上の訴え的なもの)をするのが目立つようになった時期、もう何年も前のこと。「音楽に政治を持ち込むな」とネット上で言う人がいて、「いやいや、ロックって本来そういうものだし」みたいな議論もあったりした。
僕はそういうミュージシャンたちを経由して政治に興味を持ったり、社会でよりよく生きるってなんだろうと考えたりするようになった。それはイコール、僕の周りにいる人たちに僕は何ができるんだ?ということでもあったんだと思う。
ライブやフェスで政治の話をしだすのに反感を抱くのは「なんか冷める、乗れない」みたいな感覚だと思う。実はそれはそれで分からないことはないなと思っている。冷めずにいられるのは「ミュージシャンと同じ意見だ」というじんわりとした喜びがあるからで、その喜びを感じない人はモヤモヤしたまま演奏を聴くことになるのだろう。戦争反対という言葉よりも、フェスの良さを叫んで平和を噛ましめたい人もいる。
デモにいく人もいれば、本を読んで意見を蓄える人もいる。新聞に投書する人もいれば、近所の人に毎日挨拶する人もいる。
言葉にできないことも、あえてしないこともたくさんあるのを認めて、自分は今はこうありたいという目標を探すのがいい。
ちなみに僕は今「ああ、なんかいいな」っていう瞬間をできるだけたくさん作るために、いつもより本を読んでる。最近は、はっきりと意見は言わないことが多いかも。でもそれは意見がないわけではないし、世界を投げ出しているわけでもない。