モノポリーしない
子供のころ、弟と「モノポリー」というボードゲームをやって遊んだ。親も一緒にやったこともあったと思う。モノポリーはサイコロを振って止まったマスの土地を、文字通りモノポリー(独占)すると他のプレイヤーから地代を受け取れるという、なかなかの内容のゲームなのだが、僕はそんなことを知らず、モノポリーという言葉はポリンキーと同じ種類だと思っていた。
いまだに行ったことがないけどモノポリーのおかげで名前だけ知っている土地がいくつもある。「イリノイ」とか「セントチャールズプレイス」とか。あのときの感覚と、スタインベックの『怒りの葡萄』で描かれていることがあまりに遠く感じた。ニュースを見れば、さらに。土地には人間が決めた価値があり、その価値によって人が移動する。人が集まってカルチャーが生まれるとその価値が揺らぐのが、せめてもの救いだ。それすらないと、祈りながらサイコロを振るしかなくなってしまう。
ぬいつぎは5坪の小さい店だ。聞く話によると、銀座や松濤が日本一土地の価値が高いらしいけど、僕にとってはこの5坪の方が大事だ。