ハカセにはなるのは難しい
児童書で、数人の子どもたちが「〇〇団」「〇〇組」を組んで一緒に冒険や悪だくみをするお話には、よく物知りでメガネをかけている「ハカセ」と呼ばれている子が出てくる(本当にあるあるなのかは分からない。『ズッコケ三人組』だけかも)
僕は子どもながらに、自分はハカセのポジションだなと思っていたけど、今考えるとハカセになるのは結構難しいことだ。僕は昆虫図鑑や漢字辞典を外に持ち歩いて遊びに行っていたけど、ただただ眺めていただけだったから、物知りではなかったと思う。ただの大荷物メガネボーイである。
でも、リーダーシップがあるわけでも、小賢しいアイデアを出せるわけでもない人にとって、知識があって説明できることでハカセポジションを狙えるのは、とてもありがたい。知識は誰にも奪われないし、自分を守るための武器にもなるんだと思える。
これは、知識が仕事に繋がっていたり、披露する場があるかどうかとは別問題で、何かを覚えたり身につけようとしている時間が自分のなかの何かを大きく肯定してくれているようで嬉しい気持ちになる。そして、勉強すればするほど、自分の賢さで理解できることなんて、ほんの小さなことなんだなあ、寿命が1000倍くらい長かったらなあって思ったりする。