パイプオルガンの記憶

 学生の頃、教員免許をとるために必要だったから、特別支援学校(昔でいう養護学校)に実習に行くことがあった。学校に通う子供たちにしてみたら生活と学びの場所、受け入れる先生たちからしたら責任を背負う職場にお邪魔して、ザ・学生気分で臨んでいた。
 
 その学校は肢体不自由の子たちが多く通うところで、持っている特性の傾向と種類は人それぞれ。僕は、ひとりの女の子に気に入ってもらえたようで、毎日会うたびに一緒に過ごしていた。その子は表情やジェスチャーで意思を示すのが上手で、積極性のない陰気な学生の僕が逆に気を使ってもらっているようだった。
 そこの先生の一人が言っていた「うちにいるような、言葉でのやりとりが難しい子たちと、初対面ですぐ会話ができてしまう、天才みたいな実習生がたまに居る」という言葉を忘れられずにいる。なんとなく分かる、と思った。今はもっと確かに分かる。
 
 実習期間の終盤、学校の行事でコンサートを聴きに行った。確か東京フィルハーモニー管弦楽団。シャツの上に紺のカーディガンを羽織って学校に行ったら、いつもの女の子が同じようにカーディガンを着ていた。女の子はにこにこして、一緒に聴こうと言った。コンサートホールに着き、その子の隣に座る。人生初めてのパイプオルガンを聴いて、実習だということを忘れて普通に感動していると、女の子は小さく静かに拍手しながら座っていた。あれから今でも、パイプオルガンの音を聴くとあの日を思い出す。あの子は今20代半ばだろうか。どうしているだろう。