ことば以外のちから

「言葉の力を信じる」という言い回しが、ずっとどこかで大切にされていて、書店や出版業界では特にそうだと思う。僕もこの言い回しをすることもあったし、「信じる」ことから生まれる力で暮らしている日もあったと思う。
 
 それでも、最近は「言葉の力」への信仰から少し距離を取りたいと感じ始めている。なんとなく、言葉をよりどころにしているうちに、元々自分に備わっていた他の力を失ってしまうんじゃないかと怖くなったからだ。
 
 ある場所で、いつも同じ面々と顔を合わせる。そこに入ると、知っているはずの人の顔が少し強張って見えて、僕は不穏な空気を感じ取る。そんなことが少し前にあった(具体的に書くと差し支えるのでこんな言い方になっている)。
 「実はね……」と最近大きなトラブルがあったことを告げられることもなく、ただ不穏、嫌な空気が漂っている。自分だけがそう感じているのかもしれない。
 言葉を使わなくても、僕たちはこういう空気の流れの変化を作ることができて、変化を感じることができてしまう。当事者の誰も気がついていないことに気が付いてしまう鋭い人もいる。第六感とか霊感と言ったら少し特別な意味づけがされるけど、何かを僕らは感じることができることは事実だと思う。
 
 noteでラジオ的な音声を、編集なしで出すようになった。自分で2度くらい聴き直してからアップロードしていると、言葉で発している内容以外の要素がちゃんと残っていて、ほっとする。聴きやすくはないかもしれないけど、ちゃんと僕が存在していることが分かる音声になっていると思う。