本当のことを読む
いつだったか作家でミュージシャンの町田康が、かっこつけたらいい文章が書けないと話していた。自分の姿を映しているカメラが近くにあるような気になって、映像にかっこよく映ろうとするような、そういう文章を書いたとき、本当のことを書けなくなるという話だった。
僕はその話を聞いたときは「良い文章が書きたい」と思って聞いて、今はその時とは違った気持ちで思い出す。
町田康が言っていることの中には「良い文章とは、本当のことが書かれているということだ」ということが含まれている。
本を読むことに疲れてしまったり、原因不明で読書から離れてしまうとき、どんな文章を読んでも心が震えない自分の状態に落ち込んだりする。そんなとき、感動できる文章に出会えなくても、書かれていることを本当だと思えるかに集中するといいのかもしれない。たとえフィクションだとしても、そこに書かれている人間の心の動きが、世界の本当の一部を描いているような気がするか。共感しなくても、涙などでなくても、ああ、これは本当かもしれないなと思えたら、それは良い読書だし、良い文章なのかもしれない。