パンを食べた日

 前に体調を崩して仕事を休んだのが、とてもよく晴れた、過ごしやすい日だった。毎日遅くまで仕事をしていて、色々と考えてこんでしまって辛くなっているときだった。聞く人が聞けば甘えなのかもしれないが、僕なりの尺度で「もう休まないとダメだ」と思って休むことにした。幸いなのは、今でも同じ状況なら同じ選択をするだろうと思えていることだ。
 
 休んだその日、僕は家の外を歩くことにした。アパートの部屋は日当たりがよかったけど、外に出たら別格の太陽が待っていて、それはそれは気持ちがよかった。
 
 大通りに出て、存在だけ知っていたパン屋に入った。看板には特別なバターを使っていると書いてあった。定休日は日曜と木曜で、それは当時の僕の休日と同じだった。
 テイクアウトで買った塩パンを、更に少し歩いた緑道のベンチで頬張った。陽の光、バターのにおい、塩の甘み、すべてが完璧に思えて、そこで初めて弱っている自分を正面から認めることができた気がした。
 
 その店の定休日が日曜と木曜で、僕が有給をとらない限り、このパンは食べられないのかもしれないと思ったとき、目の前に「パンを食べられる方の人生」が急に現れて、視界が開けた気持ちがした。
 仕事自体が嫌になったわけではなかったけど、いつか辞めて、他のことをしてもいいのかもなと思った。
 
 最近、どうして前の仕事を辞めたのかと久しぶりに聞かれた。答えるとしたら、あの日パンを食べたからだ。