最短距離主義者
大学生時代の夏休み、宿泊で単位を取る「オープンウォータースイミング」という体育の授業があった。千葉・館山の海で泳ぐ授業だった。子どもの頃に水泳を習っていた僕は、海に波があることはさすがに分かっていたけど、海が塩水であることはどういうわけかすっかり忘れていて、口に少し入った水の塩分を感じた瞬間、こんな授業取るんじゃなかったと後悔した。
それでも良いこともあって、それは同じサークルのWくんと話す機会に恵まれたことだった。この授業の履修登録をお互いに知ってすぐ、一緒に電車に乗って行こうと約束し、駅で待ち合わせをした。当時朝が苦手だった僕は寝坊ギリギリで駅に着き、Wくんと全力疾走して電車に駆け込んだ。「お前がここまで時間にルーズだとはな」のようなことを言われたのを覚えている。
Wくんは旅行の経験が豊富だったり、いくつものサークルに所属していて交友関係が広かったりして、「大学でサークルに入ってるぞ」という思いだけでとても新しくて大きなことを成し遂げた気になっていた僕は、自分の理想の環境を求めて飛び回る彼の姿が眩しく感じた。実際に、彼の目はいつもきらきらと輝き、人生を楽しんでいるのが伝わってきた。
彼と話して初めて、自分は「最短距離主義者」だったのだと思い知ることになった。サイコロを想像してほしい。1の目からスタートして、真反対にある6の目を目指す。最短距離主義者の僕が1→2→6とまっすぐ歩いている間に、Wくんは3、4、5の目までぐるぐると歩いていて、館山に向かう電車の中で僕に言ったのだ。「3の目には芝生が生えている場所があってふかふかだった」「4の目に住んでいる男の子は囲碁が強い」「老後は5の目の湖の近くに住みたい」などと。
いまも僕は海水の塩辛さを覚えている。あの味はたぶん、3、4、5のどれかだったと思う。